〜特別企画・目加田教授にききました〜
Interview with Prof. Mekada

Q1: 20年前のご自分の様子を教えてください。

1987年12月29日の夕刻、1989年開設予定の久留米大学分子生命科学研究所教授に内定したと聞かされ(当時は阪大細胞工学センター助手)、まさか決まると思っていなかったのでびっくりでした。年末、年始は分生研ラボの設計に頭を悩まし、正月早々に久留米大学を初めて訪問、学長纐纈先生に挨拶。1988年は研究所開設準備で何度も大阪ー久留米を往復して一年が終了。今から考えると、どこの馬の骨ともわからない36歳の教授見習いに、色々なことをよく任せていただいたと感謝しています。この頃の経験は今の自分にとって大きな自信につながっています。


Q2: 現在の研究を始められたきっかけは何ですか?

ジフテリア毒素受容体の研究は、研究室の直接の指導者(内田先生)がジフテリア毒素の専門家で、ジフテリア毒素受容体の解明が当時この分野で最も大きい課題であったからです。HB-EGFの研究は、ジフテリア毒素受容体の細胞本来での役割を知りたいと当初より考えていたので必然的にその方向に研究が流れました。


Q3: 影響を受けた研究者や感銘を受けた論文を教えてください。

恩師の岡田善雄先生と内田驍先生。大学(学部)を卒業してすぐに岡田先生の研究室に入れていただき、一年後からは助教授の内田先生のもとで主として研究を行った。どちらも特別に傑出した指導者で幸せでしたが、お二人以外の指導者について研究をした経験がないままに久留米で教室を持つことになって、もう少し外で苦労をしておくべきだったと思うことも。


Q4: 異分野ながら興味のある研究はありますか?

知識もないので今さら全く無理ですが、太陽光発電とか海洋エネルギーの利用とかに興味があります。

理由は、利用せずに捨てているのはもったいない、という大阪人的感覚から。


Q5: 先生のような研究者になるために必要な知識やスキルを教えてください。

自分は好きなことだけをしてきて、まともに勉強をした経験がないので、人に偉そうに言えることはありませんが、しいて言えば「こだわり」・「しつこさ」・「ポジティブ志向」でしょうか?


Q6: もし科学者になっていなかったら、どんなお仕事をされていたでしょう?

できそうなことと言えば機械の修理屋ぐらいかな?



(*このQ&Aは久留米大学分子生命科学研究所開設20周年記念セミナーで配布されたプログラムに掲載されたものです)